井之頭五郎が韓国で起こした静かな革命 -「孤独のグルメ」から始まった혼족(ホンジョク)ブーム

「腹が、減った…」が韓国の若者の心を掴んだ理由

「今日の夕食は何にしようか…」そう呟きながら、韓国・ソウルの街角で一人佇む20代の会社員ミンジュさん。彼女が向かうのは、カウンター席だけの小さな食堂。注文するのは「1人チキン」セット。

これ、どこかで見たことがある光景だと思いませんか?

そう、まさに井之頭五郎が『孤独のグルメ』で見せていた、あの一人飯スタイルなんです。実は今、韓国では「혼족(ホンジョク)」という現象が大ブーム。そして、この文化の火付け役の一つが、意外にも日本のあのドラマだったのです。

集団主義の国で起きた「おひとりさま革命」

韓国といえば、家族や友人との絆を何より大切にする集団主義社会。みんなでワイワイ食事をして、みんなで遊ぶのが当たり前。

でも今、20〜30代を中心に「혼족(ホンジョク)」という静かな革命が起きています。

「혼족」は「혼자(ホンジャ=一人)」と「족(ジョク=族)」を組み合わせた造語。直訳すれば「一人族」ですが、これは決して孤独な人たちの話ではありません。むしろ、一人時間を積極的に楽しむ、新しい豊かさの形なのです。

そして、この文化の普及に一役買ったのが、なんと日本の『孤独のグルメ』だったというから驚きです。

井之頭五郎が韓国で愛される理由

「腹が、減った…」

松重豊演じる井之頭五郎のこの名台詞、実は韓国でも大人気。韓国語字幕版では「배가 고프다…(ペガ コプダ)」となって、韓国の視聴者の心を掴みました。

韓国で『孤独のグルメ』が放送された時、最初は「一人で食事するドラマ?」と戸惑いの声もありました。でも、五郎が一人で美味しそうに食事を楽しむ姿を見て、多くの韓国人が「こんな生き方もアリなんだ!」と目を輝かせたのです。

特に印象的だったのは、五郎が「誰にも邪魔されず、自分だけの時間で食事を楽しむ」シーン。これまで「食事は皆で」が常識だった韓国の若者たちにとって、まさに価値観を覆す衝撃的な映像でした。

韓国版「孤独のグルメ」の誕生

そして2016年、韓国で画期的なドラマが放送されます。その名も「혼술남녀(ホンスルナムニョ)」。直訳すると「一人酒男女」です。

このドラマは、一人でお酒を飲むことをテーマにした作品。主人公たちが一人でバーに座り、静かに酒を楽しみながら自分と向き合う姿が描かれました。まさに韓国版『孤独のグルメ』の酒バージョンといえるでしょう。

「오늘은 혼자 마시고 싶어요」(今日は一人で飲みたいです)

ドラマの中でこう言った主人公の台詞は、韓国のSNSで大きな話題に。#혼술 のハッシュタグが急速に広まり、一人酒文化が一気に市民権を得たのです。

「혼○○」ワールドの広がり – 一人を楽しむ無限の可能性

혼밥(ホンバプ)- 井之頭五郎に憧れる韓国の若者たち

「혼밥」、つまり一人でご飯を食べること。韓国のSNSには今日も「#혼밥인증샷」(一人飯認証ショット)がアップされています。

「@seoul_honjok_life: 오늘 점심 혼밥! 아무한테도 신경 안 쓰고 내가 먹고 싶은 거 먹으니까 진짜 행복해 🍽️ #혼밥 #행복」 (今日のランチは一人飯!誰にも気を使わず、食べたいものを食べるから本当に幸せ)

従来は「2人以上でないと注文お断り」だった韓国の飲食店も、今では一人客大歓迎。「1人삼겹살(サムギョプサル)」「1人치킨(チキン)」など、一人分メニューが続々登場しています。

特に注目は「혼밥 전용 식당」(一人飯専用食堂)。カウンター席のみで、一人客が気兼ねなく食事できる空間が人気を集めています。メニューも一人分に特化し、まさに韓国版「深夜食堂」の世界が広がっています。

혼술(ホンスル)- ドラマが変えた一人酒の価値観

「혼술」(一人酒)も革命的な変化を遂げました。かつては「一人でお酒なんて寂しい人」と思われていたのが、今では「自分と向き合う贅沢な時間」として認識されています。

韓国のバーでは「혼술 코너」(一人酒コーナー)が設置され、一人客専用のカウンター席が充実。中には「혼술 패키지」(一人酒パッケージ)として、一人分のおつまみとお酒をセットにしたメニューも登場しています。

「@hongdae_bar_hopper: 금요일 밤 혼술 타임! 오늘 하루 수고한 나에게 주는 선물 🍷 조용히 혼자만의 시간이 이렇게 소중한 줄 몰랐어 #혼술 #나만의시간」 (金曜日の夜、一人酒タイム!今日一日頑張った私へのご褒美。静かに一人だけの時間がこんなに大切だとは知らなかった)

혼놀(ホンノル)- 一人遊びの新境地

「혼놀족」は一人で遊ぶことを楽しむ人たち。映画、コンサート、美術館、カラオケ、遊園地まで…従来は「誰かと一緒に」が当たり前だった娯楽を、一人で堂々と楽しんでいます。

特に人気なのが「혼영(ホンヨン)」(一人映画)。韓国の映画館では「혼영 추천작」(一人映画おすすめ作品)コーナーが設置され、一人で楽しめる映画が特集されています。

「@movie_lover_seoul: 어벤져스 혼영 완료! 다른 사람 눈치 안 보고 마음껏 울고 웃을 수 있어서 최고 😭 #혼영 #어벤져스」 (アベンジャーズ一人映画完了!他の人の目を気にせず、思い切り泣いて笑えるから最高)

韓国vs日本:「おひとりさま」文化の違いを大解剖

日本の「おひとりさま」- 控えめな楽しみ方

日本の「おひとりさま」文化は、どちらかというと「一人でも大丈夫」という守りの姿勢。「一人焼肉も慣れれば楽しい」「一人カラオケも案外いいもの」という、少し遠慮がちなトーンが特徴です。

韓国の「혼족」- 積極的な選択

一方、韓国の「혼족」は「一人だからこそ楽しい!」という攻めの姿勢。SNSでも堂々と「#혼족라이프」をアピールし、一人時間を積極的に楽しんでいることを誇らしげに発信しています。

この違いは、商品やサービスにも現れています。

日本: 「一人でも利用できます」(控えめ) 韓国: 「一人専用メニュー」「혼족 패키지」(積極的)

デジタル時代の혼족ライフ

혼족専用アプリの登場

韓国では혼족文化を支援するアプリも続々登場。

  • 「혼자가기」: 一人で行けるレストラン・カフェ・娯楽施設を検索
  • 「혼족메이트」: 同じ혼족同士で情報交換できるSNS
  • 「혼밥메뉴」: 一人分の料理レシピ専門アプリ

これらのアプリには、まさに現代の「혼족ライフ」を楽しむためのノウハウが詰まっています。

SNSで広がる「#혼족인증」

インスタグラムやTikTokでは「#혼족인증」(혼족認証)が大人気。一人カフェ、一人映画、一人旅行…様々な「一人○○」体験が毎日投稿されています。

特に面白いのが「혼족 챌린지」(혼족チャレンジ)。「今まで一人でやったことのないことに挑戦する」という企画で、一人遊園地、一人焼肉、一人カラオケなど、様々な挑戦動画がアップされています。

K-POP界にも広がる혼족文化

意外なことに、K-POPアイドルたちも「혼족ライフ」を公言しています。

BTSのジンは「一人でカフェに行くのが趣味」と公言し、BLACKPINKのジスは「一人映画館デート」をSNSで報告。彼らの影響で、ファンたちの間でも「혼족ライフ」がさらに広まっています。

「아이돌도 혼족 하는데 우리도 당당하게 즐기자!」(アイドルも혼족するんだから、私たちも堂々と楽しもう!)

こんな声がファンコミュニティで聞かれるようになりました。

产业界が注目する「1인용(一人用)」革命

食品業界の変化

韓国のスーパーマーケットでは「1인용 코너」(一人用コーナー)が急拡大。一人分のキムチ、一人分のご飯、一人分の鍋セットなど、「혼족」のためのアイテムが所狭しと並んでいます。

特に人気なのが「혼밥 간편식」(一人飯簡便食)。従来の「2-3人分」パッケージから、完全に一人分に特化した商品群です。

住宅市場への影響

住宅市場でも「혼족」向けの商品が人気。「원룸 플러스」(ワンルームプラス)と呼ばれる、一人暮らしに特化した高機能住宅が続々登場しています。

一人用キッチン、一人用ダイニングテーブル、一人用ソファなど、すべてが「혼족ライフ」を前提に設計されているのが特徴です。

世界に広がる韓国の혼족文化

中国での「孤独経済」ブーム

韓国ドラマや韓国コンテンツの影響で、中国では「孤独経济」(孤独経済)という言葉が生まれています。韓国の혼족文化にインスパイアされた、中国版の一人文化です。

東南アジアでの「Korean Solo Life」

タイやベトナムでも「Korean Solo Life」として、韓国の혼족文化が注目されています。特に韓国ドラマやK-POPファンの間で、韓国風の一人時間の過ごし方が人気を集めています。

課題もある혼족文化

世代間ギャップ

「밥도 혼자 먹고, 술도 혼자 마시고… 이게 정상이야?」(ご飯も一人で食べて、酒も一人で飲んで…これが正常なの?)

年配世代からはこんな心配の声も。集団主義を重視する従来の韓国文化と、個人主義的な혼족文化の間にはまだギャップがあります。

経済的負担

「혼족세」(혼족税)という言葉も生まれています。一人用商品は割高になりがちで、結果的に혼족の人たちの生活費が高くなってしまうという皮肉な現象です。

혼족文化の本当の意味

でも、韓国の若者たちは明

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コリカル編集長
1996年生まれ、大阪生まれ・東京育ちの在日コリアン。 学生時代から、自身のルーツである韓国の文化や社会に関心を持ち、現在は古書店の運営と韓日翻訳に携わるかたわら、ブログ「コリカル」を運営中。